午睡するキミへ
 


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その発祥の昔より、様々な人や物、特異な風潮などなどが、
あの手この手で入り込んでは
秘密裏に、または傍若無人に闊歩する土地であり。
港町ゆえのこれも宿命か、裏社会の覇権を争う騒乱も後を絶たず。
あまりに突出した混乱を抑えるため、
特別仕様の軍警というものが常設配備され、
一般の地との境、租界というものまで出来てしまって。
そんなこんなで今や“魔都”とまで呼ばれているヨコハマが、
それでも華やかに和やかに営みを続けているのは、
治安維持のための密やかな仕組みが備わっているからに他ならぬ。
公的正義の軍警と裏社会を牛耳るマフィア、
そのそれぞれの思念の狭間、所謂グレーゾーンを担当し、
早急な解決における已むを得ない非合法武力を行使する存在であり、
はたまた、
日之本ではまだ微妙に公的認定されてはいない
“異能”関わりな騒動への武力投入を担う “第3の組織”があることで。
表向き、小さな探偵社の看板をレトロなビルヂングに構えている存在に過ぎないが、
主には厄介な異能を封じ込められるだけの “特殊技能を持つ人員”を集め、
その行動を秘密裏にだが政府が認可し、公にはせぬが政府には通じる存在ゆえに、
内務省異能特務課ともよしみの深い武装集団。
心ある見識者らの働きかけにより提案された
“三刻構想”の一角を担う、正義のための武力の鉾。

  その名も “武装探偵社”という。

そんな武装探偵社の新人社員、
飢獣をその身へ下ろす“月下獣”を操る少年、中島敦くんが、
とある早朝、何の兆候もないままその姿を消してしまい、

 『朝起きたらもう居なかった。』

そんな報を心許ない様子で告げた鏡花だったのへ、
同僚である社員の皆様が一様にざわめいた。
これが普通一般の会社勤めの成人社員の話であれば、
しようのない奴だな、無断欠勤か?と把握され、
当人からの連絡なり報告なりを待つという格好で処理されるだけだろうが、
此処ではそういった異変へ伴われる事情も微妙に異なり。
社から支給されている携帯端末も、
通じてはいるようだが一向に出る気配がないことから、

 ___ 連絡さえ出来ないような急変にかかわっているということか?

社の皆様の心情に怪しき暗雲が垂れ込め始める。
何しろ普通一般の社ではないがため、
裏社会の様々な組織から逆恨みを山ほど買ってもいようし、
消息不明になった当人がまた、戦闘に特化した異能を持つ少年であるが故、
顔も割れていての標的にされやすかろう。
そんな風に、荒事へ放り込まれれば 実力を存分に発揮して
薙ぎ倒すなり遁走するなり何らかの対処も出来る駒でありながら、
普通一般の悶着に巻き込まれると なし崩しに流されやすいという、
まだまだ世情には慣れのない、少々目が離せない新人くんでもあるが故、

 『大げんかの通報とか 追いつ追われつしている騒ぎとか、
  そういった判りやすい通報・呟きが聞こえてこない以上、
  もしも巻き込まれているというのなら、
  ただの略取のみならず、善意の何かへの言いくるめとかいう、
  厄介な方向での事態も含まれるかも知れぬ。』

 『うわぁ…。』

電子電網界の、主に屯所への通報や喧嘩沙汰に関する呟きを浚ってみた谷崎が、
そういう手の騒動騒乱はこの近辺では気配さえないようだと告げ。
ということはと、腕を組んでの沈痛な面持ちになった太宰が
そんな由々しき可能性を口にしたものだから。
社長と名探偵が不在という状況下、
とりあえず敦くんのものである携帯端末の発信反応が拾える管内を、
皆で一通り見回ってみようという運びとなった。
本人が落したかどうかして置き去られているというのならならで、
その場所や状況から発したのだろ何かが判るやもしれぬ。
今どきは住宅街でも監視カメラがあったりするよな世情なので、
そういった方向から辿ることだって可能かも。
そんな一縷の望みを追って、各員が町へと飛び出し、
聞き込みや買い物などで足を運ぶことの多い商店街を二人で回っていた賢治と谷崎へ、
向こうから声を掛けてきた存在、これ在りて。

 「…探偵社。」

丁度 場末の取っ掛かりに辿り着いての、さあこれからどうしようかと、
次の手立てを考え始めていたところ。
ほぼ涸れかかった側溝の脇、
柳の枝がゆらゆら揺れる樹下にて向き合っていた、
ちょっと見、誠実そうな雰囲気だけなら兄弟みたいな少年と青年へ。
2つの古びた建物が接した狭間、
ようよう見やれば細い隙間になった合わせ目から
気配なく踏み出してきたのだろ人物が、そんな声をかけて来た。
白昼の商店街には何とも不似合いな存在、
不吉な闇色の使者が何の前触れもなく現れたそのまま
微妙な名指しではあったが、間違いなく彼らへ 視線と意識を向けており。

 “…芥川龍之介。”

裏社会の雄、ポートマフィアの禍狗。
首領直属の遊撃隊長として、
上級幹部に匹敵しよう機動力と破壊力を持つ異能力者で、
今もその身にまとう漆黒の外套を何でも食らう“黒獣”へと顕現させ、
対手へ襲いかからせては、切り裂き、突き刺し、食いちぎり、
凡そ食いつけないものはないほどの悪食ぶりを発揮して恐れられており。
また、防御の障壁として空間を断絶して結果“盾”にすることも出来、
汎用の利く異能のほぼ無敵なところと、非情冷徹な当人の気性から、
独りでいる時に出会ったらそのまま逃げよとまで言われていたほどの相手だが。

 「……?」

痩躯がそのまま細身の刃に見えるほど、恐ろしい存在であるはずが、
その漆黒の身、腹あたりへ頬を押し付け、
寸の足らない両腕で精一杯の輪を作るよにして
相手へぎゅうと抱き着きしがみつき、
迷子にならないようくっついておりますな存在も、一緒していたものだから。

 「…え?」

あまりの不整合へまずは言葉を失った探偵二人。
ご当人は別段当惑してもないものか、
その小さき存在の、ふかふかしていそうな白銀の髪が載った頭頂部へ
武骨そうな手のひらを伏せるよにして置いており。
置き場にされている側もそれはそれで構わぬか、むしろそれで当然なのだろか、
時々撫でるようにその手が髪の上で動くのへ ふにゃりと愛らしく笑っていたりもするし、
愛らしい笑顔のまま、目許をきゅうと瞑ると、
外套へとくっつけている頬をそこへ揉み込まんという勢い、ぐりぐりと擦り付けたりもしていて。

 “…うわぁ。”

何かこう、そうじゃなかろうという違和感が胸へと押し寄せているのは
果たしてボクだけだろうかと谷崎が焦る。
何でそんな、困惑も動揺も欠片もない顔で澄ましてるんだ、この男。
此処が火炎の熱気や硝煙の香の垂れ込める戦場とか、怒号飛び交う修羅場なら、
まだ納得も行くかもしれないと思うほどの大いなる“違和感”。
確かに共闘する機会もないじゃなし、
特に敦くんとは 戦闘の矢面へ送り出される先鋒同士、
所謂“相棒”同士になりつつもあるけれど。
だからと言って 絆されてのとっつきやすい人性になりつつあるかといや、
そんな気配は微塵も感じられない、おっかないマフィアの羅刹なままだ。
多少は、そう、騒乱の渦中に居るうちなどは、
仲間内と思うてか庇われたりもしはするけれど、
腹を割ってとか胸襟開いてというほどまで、慣れ親しもうとは思われてないだろうに。
だっていうのに、そんな相手の前で、何でそんな、
可愛い愛らしい子にぎゅうぎゅうと懐かれていて動じないでいられるの?
照れるとかないの? 見るなとかいう逆切れとかサ、
されても困るけど、八つ当たりは勘弁だけど、
何でそうも泰然としていられるの?
もしかしてそうやって甘えられるの、実はデフォだった?

 “とはいえ、無表情なままだしなぁ。”

まま、これで “いいこだねぇ・よしよし”などと破顔して
幼いその子をあやし始められてもこちらの困惑は大きかろうが。
というか、そんな姿が想像できない、
頭の中のビジュアルにモザイク掛かったよ今、
まさかに猥褻物でもなかろうに、危険な画像って意味でかな?
………などなどと、
谷崎くんが 困惑から始まっての今ここ→混迷の一途を辿りかけている傍らから、

 「もしかしてその…。」

こちらの彼もまた彼なりに呆気に取られていたらしかったのだろう賢治くんが、
何の気なしの所作だろう、胸元まで上げた人差し指を差す格好にして示したのもまた、
猛禽のよに物騒な男が連れている幼子だ。
賢治だとて相手がマフィアの恐持てだという認識はあるのだろうが、
それを置いても気になるものはしょうがないという順番なのだろう。
谷崎が困惑したのも、その幼子の存在のせいなのだし、
ポートマフィアの殺戮の羅刹が子供連れだという構図も意外だが、
それ以上に息をのむほどとなったのは、

 「年齢が合わないには合わないのですが…。」

どういう装いか、もしかしてハロウィンの予行演習か、
髪の色にあわせた白地の毛並み、ファー仕様の所謂 “猫耳”を装着した4,5歳くらいの幼子。
マフィアの青年が“連れ”と認可してだろう、
自分の身へ甘えるようにくっついてくるのを煙たがりもせずに従えており。
そんな間柄だというのもある意味 不整合要素ではあるものの、
年齢がまるきり違うにもかかわらず彼らの知己にそれはそれはよく似ている。
着ているものは簡素な型の木綿の上下で、寝間着のようでもあるものの、
襟ぐりや袖口が擦り切れたようになった、みすぼらしい傷みようなのが妙に痛々しく。

 “…でも、あれって。”

今現在、消息を絶ったお仲間を探している谷崎と賢治であり、
そんな二人には探索するのに必要なそれとして、
彼に関する色んな関連記憶が呼び起こされてもいて。
故に故に、坊やのいでたちも実は馴染み深い風体であったりするのだ。
坊やがまとっているその服にも、結構なインパクト付きで見覚えがあったりするのだ。
谷崎の方は“現場”にいたわけじゃあなかったので直には観ちゃあいないけれど。
翌日 初対面となる“入社試験”で取り違えをしないようにと
太宰から供された、写真でみた恰好であるのだけれど。

  __ あれって、
    一番最初に敦くんが着ていた孤児院のお仕着せじゃあなかろうか。

自分でも白虎の異能を持ってたことを知らずにいた少年が、
太宰に上手いこと言いくるめられ、
禁忌なはずの満月を見て、異能がその正体現した晩の話。
追い出されたという孤児院のものだろう古ぼけた上下、
あれをそのまま思わせる格好なのが気になってしょうがない。
そう、つまりは彼ら二人が探しているお仲間と
あまりにいろいろと合致する男の子なのがこちらからも気になって、
無防備状態で出会ったなら逃げよとまで言われている相手なのに、
それじゃあ御免とさっさと立ち去れないでいる。
第一、向こうから声をかけて来たのだ、何かしら所用あってのことだろし、
なのにとっとと立ち去ったなら、看過されずの追われること請け合いじゃあなかろうか。
もだもだと思ううちにも、賢治くんが坊やを指差したそのまま
漆黒の覇者さんへそりゃああっさりと訊いたのが、

 「付かぬことをお聞きしますが、
  マフィアのお兄さん、もしかしてその子は、僕らの仲間の中島敦さんではありませんか?」

こういう時に、賢治くんの怖いもの知らずな天然さは、何とも助かる大胆さだったりし。
いやいや、怒らせたなら“細雪”で幻影を繰り出してその隙に連れごと全力で逃げる用意はあるけれど。
谷崎くんもこれで一応 賢治くんからすりゃお兄さんだし、
同い年の“彼”だって今は間違いなくずんと年下なのだから、
小さなその手を掴んで脱兎のごとく駆け去るつもりは重々あったけど。
微妙な緊迫感をその胸の内にて意識していた、万能隠れ蓑の魔術師さんだが、
そんな彼の耳へと届いたのは、

 「最初からこの姿だったわけではないのだがな。」
 「…え?」

やはり落ち着いた風情なまま、
兄へと懐く幼い弟のような連れの髪、手櫛でそおと梳いてやった黒獣の主殿。
微妙なそれながら苦笑に口許をほころばせ、

 「そうという確証はないが、少なくとも人虎という呼びかけへ反応した。」
 「うんっ。」

自分を見下ろす兄人へ、言葉の意味が判っているものか、
にぱーっと満面の笑みをもて応じた坊やであり。
そして、そんな顔ぶれが向かい合ってた堀端へ、

 「あれ? 芥川くん?」

それもまた重々聞き覚えのあるお声が背後から掛けられて。
何か変なこの光景が、やはりおかしいのかそれとも探しものへの大正解なのか、
答え合わせは……ちょっとだけ待っててね?(おいおい)




to be continued.(18.10.14.〜)






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 *前の章でちょっと例に出した“上野から代官山まで”というと約10キロだそうで。
  検索掛けたら2時間あれば歩けないことはないそうですが、
  どうなんでしょうか、
  とんでもない距離の例えにはなってませんね、微妙に。
  何よりヨコハマの地名でやらなきゃ意味がなかったよなと気が付きましたよ。
  相変わらず抜けててすいません。

  そして、やはり もだもだと冗長です。
  話がなかなか進みませんで、そこもすいません。
  暇だったところへ大量の仕事をぶっこまれ、
  それでも諦め悪くちみちみと
  暇々に書いたのでまとまり無くなってしまいましたよ。大反省。
  芥川くんが猫耳少年を連れてるインパクトを何とかお伝えしたかったんですが、
  ただくどかっただけでした、しょんもり…
  とりあえず、主要な人々が顔を揃えるところまできました。
  続きはしばしお待ちを。